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かかわる全ての人を、主人公に。

ラーメンを食べに行くと約束した日

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From:AUN
20◯◯年◯月◯日
福岡、自宅の書斎より……

どうも、AUNこと西祖です。

つい最近の出来事なのですが、
僕としてはとても素敵な体験でしたので、
そのエピソードをシェアしたいと思います。

ただ、自己満足的な内容でもあるので、
時間があるときにでも読んでみてください。

・・・

今週の日曜日の話です。

日中は、公園かどこで遊んで、
夜は一緒にご飯食べて、パパ宅にお泊り。

こんな、いつもの息子DAYの
プランをぼーっと考えていた日の朝、
電話が鳴りました。

元嫁からです。

「ハルト(息子)が、
今日の13時にお友達と会う約束を
しているから、その付き添いをしてほしい。」

とのことでした。

詳細を聞くと、それは僕にとって新鮮で、
ある意味衝撃的な話でした。

・・・

話は、先週の金曜日の夕方にまで遡ります。

小学1年生の息子が学校から帰宅するや否や、
母親にこんなことを言いました。

 

「今後の日曜日、フミヤ君と
一緒にラーメン食べ行く約束したから」

 

詳しく話を聞くと、こういうことでした。

・・・

息子は、学校の授業が終わった後、
小学校に併設されている学童保育に直行し、
皆と宿題をしたり遊んだりして1時間半ほど過ごします。

その後、お友達のフミヤ君と一緒に
下校することが多いのですが、その日、
下校途中にあるとんこつラーメン店の前で、
お友達とこんなやりとりをしたようです。

お友達:
「お腹空いた、ラーメン食べたい。」

ハルト:
「じゃあ今度一緒に、ここに食べ行こう!」

お友達:
「ママに一緒についてきてもらうように聞いてみる」

ハルト:
「え、二人で食べに行こうよ。
 家も近いから大丈夫だよ」

お友達:
「二人で!? いつ行くの??」

ハルト:
「じゃあ、今度の日曜日のお昼の1時にここで待ち合わせ!」

お友達:
「わかった!」

・・・

7歳の、小学1年生の子供が、二人きりで、
近所のラーメン屋さんにラーメンを食べに行く。

「おもろいやん」
「素敵やん」
「可愛いやん」
「てかそれってすごいチャレンジやん」

なんだか僕がワクワクしてきました。

息子とは、週に一度か二度会う程度で、
会えばほとんどの場合僕と二人きりだし、
たまに僕の両親と共に過ごすくらい。

なので、普段あまり見ることができない
息子の一面を垣間見ることができて、
なんだか無性に嬉しくなったのでした。

 

もちろん付き添うことにしたのですが、、

 

2つほど問題に感じたことがありました。

 

1つ目は、

「お友達の親御さんは許可してるのか?」

ということです。

親の了承を得て出てくるのか、
それともただ遊びに行くとだけ言って出てくるのか。

現状、親同士の交流がないので、
よくわからない状況だったんですよ。

それに対して元嫁は楽観的というか、
まあこの程度のことは日常茶飯事なんでしょうね。

「なるようになるっしょ、あはは。」

的な感じだったものだから、
まあそんなもんかいなと思いつつ、
とりあえず約束の時間に
現地まで連れて行くことにしました。

問題に思ったことの2つ目ですが、

「いいチャレンジだ」
「冒険はさせたほうがいい」

・・・とは言え、

「小学1年生の子供がいきなり二人きりで
入ってきたらお店の人は困るかもしれない」

ということです。

それなので、現地に着いたら、
先にラーメン屋の店員さんに事情を説明し、
僕は車の中で子供たちが出てくるまで待機しておく。

こんなプランを立てたのでした。

・・・

それから僕は、
約束の13時に間に合うよう自宅を出て、
息子の家まで迎えに行きました。

母親と一緒に家から出てきた息子は、
なんだか浮足立った様子でした。

けれど、なんとなく頼もしい雰囲気も感じました。

まだ少し時間があったので、
元嫁と外で立ち話をしていました。

ふと息子に目をやると、
ちゃんと自分の財布を用意していて
(財布と言っても子供用の、
なんだかおもちゃの延長線上みたいな
ちゃちなやつですが)
首からそれを下げていました。

財布の中にはラーメン2杯分に相当する
お金が入っているとのことでした。

お金はお年玉の残りだったようですが、
お友達の分も自分が出してあげるつもりで
いたようです。

小学1年生の息子が、
同級生のお友達のラーメン代を
「自分の」財布から出す気でいる。

何て言ったらいいんだろう。

そんな風な男気を出せる成長した息子の
姿がたまらなく新鮮で、なんだか無性に
感動してしまったのでした。

・・・

ラーメン屋に向かう車内で、
息子とこんな会話をしました。

「あそこのラーメン屋さん、
 お父さんも前から気になってたよ」

「ふーん」

「うまいかな?」

「さあ」

「うまいといいね」

「うん」

・・・誰に似たのかはわかりませんが、
僕がワクワクしてたりソワソワしてたり
するときは大抵、息子はいつもこんな
冷めた感じの態度を取ります。

ひょうきんなところもあるのだけど、
基本的には内向的というか、
言い方を変えるとクールな感じの子供です。

・・・

さて、ラーメン屋に到着しました。

 

時計の針は12時52分を指しています。

約束の時間よりも少し早く到着しました。

この時点で実は、僕は半信半疑でした。

お友達は本当に来るのか、と。

僕は以前に一度だけ、
お友達のフミヤ君を見たことがありますが、
息子よりも一回りくらい小さな子です。

息子が比較的大きいということもありますが、
それに比べるとフミヤ君はなんだか頼りない印象。

あんな小さな子が、近所とは言え、
一人でここまで来るんだろうか、と。

どんなママかもわからないし、
許可してくれたかどうかも怪しい、と。

それに、あれです。

このくらいの年の子供同士の口約束なんて、
当てにできないものでしょう?

単純に忘れている可能性も高い。

覚えていたとしても、

「お友達と一緒にラーメン屋に入る」

こんな未知の約束を「守る」という
感覚や概念すらないんじゃないか。

無理もない話だと思います。

「来るのかなあ、来ないのかなあ」
「どっちかっていうと来ない気がするなあ」
「んー、来ないんじゃないかなあ」

・・・なんてことを考えていたものだから、

「もし来なかったら、お父さんと一緒にラーメン食おうぜっ」

と思わずフライングしてしまいましたが、

「え、約束したから」

と息子は無表情で返します。

・・・

・・・

約束の時間になりました。

 

お友達の姿は見えません。

約束の時間から5分が過ぎました。

まだ見えません。

来る気配を感じません。

「な、本当に13時で合ってんの?」

と尋ねても、

「間違いない」

んだと。

そして10分を過ぎた頃、

「ハルト、ちょっと車降りてその辺見てきたら?」

と言って息子を車から降ろしました。

辺りの様子を伺っている息子を
車の中から見ていましたが、
終始無表情なので何を考えているのかわかりません。

実は不安なのか、それともお友達が
来てくれることを信じて疑っていないのか。

ちょっと読み取れませんでした。

その間、僕はラーメン屋に入り、
店員さんに事情を説明しておきました。

お友達はもう来ないような気がしていたけれど、
一応段取りだけはしておこうと。

それからさらに10分くらいが経過しましたが、
お友達の姿は見えません。

・・・

やっぱりと言うか、

・・・

結局、お友達は来ませんでした。

 

「今日は都合が悪かったんだよきっと。」

「・・・うん。」

「・・・もうちょい待ってみる?」

「・・・お腹空いた。ペコペコ」

「よし、じゃあお父さんと食お!」

「うん」

・・・

店に入ってラーメンを注文しました。

店員さんは、
なんとなく状況を察してくれていたようでした。

ラーメンが出てきました。

息子は黙々とラーメンを食べていました。

「無表情」で。

少し寂しそうな感じに見えたけど、
気のせいかな、とにかく無表情。

「うまい?」と聞くと、
「うん」と言いながら、相変わらずの
無表情で黙々とラーメンを食べていました。

半分くらい食べたところで、

息子「煮卵入れたい」
父「全然いいよ」

ということで煮卵を追加注文しました。

「煮卵美味しい」

息子が言ったタイミングで、

「また今度一緒に来たらいいよ。
 お父さんまたついてきてあげていいし」

と言いましたが、
「うん」と言いつつも
僕と目を合わせることはなく、
終始黙々とラーメンをすすっていました。

・・・

息子はたぶん、
自分に何が起こっているのか、
よくわかっていなかったのだと思うんです。

今の自分のこの気持ちが何なのか、が。

寂しいのか、
悲しいのか、
残念なのか、、

初めての経験でよくわからなかったのだと。

だから、動揺するとか、怒りの態度を
露にするとか、照れ隠しをするとか、
そういう風にもならなかった。

息子は照れ屋でプライドも高いので、
恥ずかしいと思う事や思い通りに
ならない事があると、割と態度に出ます。

すぐに、照れ隠しの悪態をついたり、
機嫌を悪くしたりするんです。

でも、その時は、終始無表情で、
ひょうひょうとしていました。

それが息子にとって
自然な振る舞いだったのだと思います。

・・・

なぜそれがわかるのかと言うと、

 

僕も子供の頃、
似たような体験をしたことがあるから

 

です。

ラーメンを食べている最中に、
息子の顔を見ながらその時の体験を思い出しました。

・・・

それは、小学3年生か4年生の時だったと思います。

何の約束をしていたのかまでは
覚えていないのだけど、学校が終わって、
お友達とどこかに行く約束をしていたと思います。

たぶん、普段は行かないような、
ちょっと遠くの隣町まで行くような、
そんな約束をしていたような気がします。

小学低学年の子供にとっては、
ちょっとしたチャレンジです。

学校から帰るや否や、
出かける支度をしながら、
意気揚々と母親にそれを伝えました。

心配されたかどうかは覚えていませんが、
玄関で見送られた記憶が微かに残っています。

・・・

約束の場所まで自転車で向かい、
到着したのですが、
お友達はなかなか現れてくれません。

どんなに待っても、
1時間くらいは待った気がしますが、
結局お友達は来ませんでした。

それで近くの公衆電話から母親に電話して、
迎えに来て欲しい旨を伝えました。

母親はすぐに来てくれました。

そして、自転車を後部座席に押し込み、

「さ、帰ろう」

と。

帰路の車中、母親は、
僕に対して気を遣っていたというか、
やけに優しかったというか、
とにかく終始何か声をかけていた気がしますが、
僕自身別に動揺はしていないし、無表情でした。
(だったと思います)

・・・そんな事を覚えています。

覚えていますと言うか、
今回の出来事を経験するまで
すっかり忘れていました。

何十年かぶりに思い起こされた記憶だと思います。
(誰でもこういう経験あるでしょう?
 僕は結構あります。)

記憶自体はかなり曖昧なのですが、
比較的ハッキリと覚えているのは、
その日の晩御飯が僕の大好物ばかりだったこと。

・・・

目の前で、無表情で、黙々とラーメンを
食べている息子を見て、その時の母親の
気持ちが理解できた気がしました。

なんだろう、この感じ。
なんだろう、この気持ち。

仮に、約束を守ってくれなかった
お友達に対して文句の一つでも言おうものなら、

あるいは、
「ラーメンなんかもう食べたくない」
などと悪態の一つでもつこうものなら、

事は単純です。

「おいおいしゃーないやん(苦笑)」
とでも言いつつ、それでも息子の成長を
微笑ましく思いながら、美味しくラーメンを
食べることができていたような気がします。

でも、その時は、
ラーメンの味になんて集中できませんでした。

味なんてどうでもよかった。

目の前で、無表情で、黙々とラーメンを
食べている息子を見ていて、

何て言ったらいいんだろう、
切ないというか、愛おしいというか、

とにかく、
胸のあたりが熱くなっているのを感じていました。

言葉では表現できないけれど、

 

とりあえずぎゅううう!
・・・っと抱きしめときたい。

 

こんな気持ちでした。

仮に今そんな風にされても、
なんでそんなことされているのか
息子はわからないだろうけれど、

父親のいつもの悪ふざけだと思って、
「ウザい」とか「キモい」とか言って
冷たくあしらうんだろうけれど、

でも、なんでもいいから、とにかく、
目の前の愛おしいこの子を抱きしめたいと
思っていたんです。

・・・

ラーメンを食べ終えた後、、

父「ご馳走様m(_ _)m」

息子:無反応

・・・息子の顔をニヤついた目つきで
見ながらもう一度

「 ご ち そ う さ ま っ 」

息子「(怪訝そうな表情で)・・・なに?」

父「え、今日はお前の奢りでしょ?」

息子「・・・財布、車に置いてきた」

父「ですよねー笑」

こんな軽口を叩きつつ会計を済ませ、
店を後にしたのでした。

・・・

父「今夜何が食べたい? なんでもいいぞ。」

息子「なんでもいいよ別に。」

父「ハンバーグとオムライスだったらどっち?」

息子「どっちでも?」

父「チーズと卵も乗っけたげるぞ。」

息子「 ど っ ち で も っ 」

父「そかっ笑」

車内でこんな会話をしながら、
僕の自宅近くの公園に行きました。

公園の遊具ではしゃぎ遊ぶ息子の様子は、
普段通りでした。

それから僕の家に帰って、
一緒に晩御飯を食べて、
一緒に風呂に入って、
一緒にゲームをして、、

それから少しの間目を離していたら、
息子は眠ってしまっていました。

いつもより早い就寝だったけれど、
なんだかんだ疲れていたんだと思いました。

息子を抱き抱え、リビングから寝室の
ベッドまで運び、布団をかけてあげました。

それからしばらく息子の寝顔を見ていました。

何かこう、満たされた気持ちで一杯でした。

感覚の話ですが、その時の僕は、

 

“100%の幸せ”

 

を実感できていた気がします。

仲間と楽しく酒を酌み交わしたり、
一緒に旅をしていたりするときの充実感よりも、

好きな女性を抱くときの悦びよりも、

セミナーからの懇親会・・・後に、
ホテルの部屋に帰って一息ついた時の満足感よりも、

何にも代え難い幸福感で
満たされていたように感じていました。

愛する息子の、
まさに成長の瞬間に立ち会えたことと同時に、

彼に対する愛おしさも、
彼を守り続けたいという使命感も、
彼がいることの心強さも感じることができた。

偶然でも何十年かの時を経て、
あの時の母親の気持ちが理解できた。

なんでしょうね。

何と言ったら伝わるんでしょうね。

自分の表現力や語彙力の乏しさを
悔やむばかりですが、

 

“全部つながっている”

 

こんな風に感じられるというのは、
本当に幸せなことだと思いました。

・・・

常日頃思っていることですが、
僕は本当に幸せ者だと思います。

好きな事を、
好きな時に、
好きな人と、
好きな様に、

やらせてもらえる環境が与えられていること。

こういう体験を大勢の人にシェアさせて
もらえる場が与えられていること。

自分にとって必要な人がいてくれること。

自分を必要としてくれる人がいてくれること。

頑張り続ける揺るぎない理由が常にあること。

人生レベルで関りのある全員から、
常に成長させてもらっているということ。

こんな幸せはないんじゃないか。

こう思うんです。

・・・

僕は普段から、色んな人のチャレンジを
サポートさせてもらっています。

それが僕の仕事です。

中には、無謀ともいえる
チャレンジをしようとする人もいます。

色んな意味で無謀な人は少なくないです。

そういう時、長年の経験から生まれた
老婆心が「いや待て」と言って、
それを止めようとしてしまうことがあります。

現実は甘くはないということを、
経験から理解しているんです。

でも、今回のエピソードを体験して思ったことは、

「無謀でも、無茶でもいい、
どんなチャレンジでもいいから、
尊重はしてあげたい、心から応援してあげたい」

ということです。

何度も言いますが、現実は甘くないです。

だから、全員が望みを叶えられるわけじゃないし、
むしろ当初の望みが叶う人の方が少ない気がします。

でも、それでも僕は、彼らのチャレンジを
尊重し、応援しなければならないと思っています。

いくらなんでも無謀すぎるチャレンジだ、と。

仮にそう感じたとしても、
それを「止める」のではなくて、
せめて代替案を提示すること。

あるいは、
望みが叶わなかった後のことまで考えて、
また別の可能性を示せるように準備しておくこと。

もちろん、それ以上に、
彼らの望みが叶うことを「信じて」あげること。

僕にできることは、
「止める」こと以外にいくらでもある。

とにかく、尊重すること、

そして、応援すること。

これは怠ってはいけないのだということを、
強く感じています。

なぜなら、

 

“誰よりも僕自身が成長させてもらっている”

 

からです。

これを忘れた瞬間、僕は終わる気がします。

終わらないためにも、
僕と人生レベルで関わってくれる人たちの
成長の機会を尊重し、応援し続けることを
続けていきたいと思いました。

なんだか立派なことを言っている
ように思われるかもしれませんが、
あくまでこれは僕の中の理想であり、
現状できているというわけではありません。

まだまだ、理想通りには生きることができません。

だけど、とても大事なことだと思ったから、
この場を借りてコミットを強めているだけ。

そこは言っておきます。

で、なんだかとりとめもない話に
なってきましたが、

“今の現状には感謝しかない”

これに気づける機会をもらえることは、
とても素晴らしいことだと思ったし、
これからも頑張っていこうと、強く思いました。

・・・

ということで、この話は以上です。

感想などくれたら、もっと感謝すると思います。笑

最後まで読んでいただきありがとうござました!

 

 

 

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